Happy Life

笑顔で前向きに過ごすための気づきや情報・日々の思いを書いていきます。

個性。

オリンピックがはじまりましたね(^.^)

テレビでオリンピックを見ていて、選手の方の懸命なプレーと涙に心が打たれることがあります(ToT)

選手の方のひたむきに頑張っている姿はとても素敵だなと思います。

 

さて、オリンピックには200ほどの国や地域から出場していているそうですね(*゚▽゚*)

日本でしかいないので実感がないですが、開会式をみて、こんなにもたくさんの国があるのだなと改めて感じました。

わたしの知らない国、文化、人たちがたくさんいて、ほんとうに多種多様な人たちがいるのだと感じました。

 

今回の記事は世界という大きな視点ではないですが、身近なところから見た「個性」について考えたことを書きました。

個性とは?

個性とは、「個人または固体・個物に備わった、そのもの特有の性質」です。


あらゆる動物や植物を見ると、同じ種類のものでも、どこか違うところが見つかります。


人も一人ひとり、まるっきり同じ人はいません。

世界で見ると、人種もさまざまですね。

同じ日本人でも、容姿はもちろん、考え方も違います。


生まれ持った素質や、親やまわりの人たち、育ってきた環境、生きる過程での経験の違いがあるからこそ、違うのは当たり前なのだと思います。

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違うところが認められないと劣等感を持つのか?

人それぞれ違うのにも関わらず、違いを認められないこともあります。

わたしは場面緘黙症・全緘黙症という症状がありながら、学校に通っていました。

特別学級ではなく、一般的な学級で過ごしました。

話せないことにより、何かをするにしても一般的な子供たちができるであろうことができないと「みんなと同じようにできない」「わたしはできないのだ」と感じてしまい、劣等感を強く持っていました。

 

また、ある方の話ですが、その方は子供の頃、他の人より髪の毛が茶色かったことにより、まわりの人からいじめられたことがあったそうです。
そのことにより、ひどく劣等感を持ち、親や自分を責められたと話されていました。

 

集団の中で人と比べ、比べられることによって見つけた他の人と違う部分が認められないことによって、劣等感を持ってしまう人が多いのだろうかと思いました。

違うことを「個性」ととらえる。

そんな劣等感を強く感じても、その部分を受け入れ、認められることにより、その劣等感もやわらいでいくのではないかと思います。

わたしは大人になって、緘黙症であった過去を受け入れられなかったときは自信がなく、自己肯定感が低く、劣等感がありましたが、過去も受け入れ、自分を認めることで、劣等感をやわらげ、自己肯定感をあげることができました。

そして、そんな経験があったこと、自分自身のことは個性であり、これが「わたし」なのだと思えるようになりました。


髪のことで劣等感があった方も、今では「この髪でよかった」と話されていました。


子供の頃から劣等感があっても、年齢を重ねていく中で、その部分をまわりから認めてもらう経験をしたり、自分が認めることによって劣等感としていたものが「個性」として受け入れることができるのかなと思います。

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個性を認めるには?

子供の頃は周囲の人から「認められた」という経験が、大きくその子の考え方に影響すると思います。
 

人から認められない、受け入れられないと感じると自分自身でも認められず、自信がなくなります。

経験や年齢を重ねることで自分で認められることもありますが、それができないとずっと自信がなく、劣等感を持ったままという場合もあるのではないかと思います。

わたしは大人になり、学生の頃を振り返って全く話せなかったわたしが新たな場所で勇気を持って話せたことの頑張りを認めたり、情報で場面緘黙症である方がたくさんいるのだと知ったり、いろんな経験や知識を得たり、その過去の経験があったからこそ自分の糧となっていたと感じることができたことで、自分を徐々に認められるようになりました。

あと子供の頃の周りの人から何かしら認めてもらえた経験が「自分を認める上での力となっていた」というのもあります。

 

子供の頃の「認められた」「受け入れられた」という実感はその人の人生において、とても大切なのだろうと思います。

 

でも、そうした実感がない場合はどうなのだろう?とも考えました。

嫌な経験が誇大化し、ほかの認められたことがフィルターにかけられ、見えなくなっていることもあります。

自分と対話し、振り返り、何かしら認められた経験を探ることで見つかるかもしれないと思いました。

それでも見つけられなくても「自分を認めていく」実感をしていくことは、とても大切なのだろうと思います。 

まとめ

みんなそれぞれ「個性」があります。


「さまざまな人がいること、違いがあることが当たり前だ」という考え方が心に染み付いたなら、いろんな人の「個性」を尊重しあうことができるのかなと思います。


お互いの違い、個性を認め合える 関係性が当たり前の考え方になり、みんなが生きやすく、個々に輝ける人たちが増えるといいなと思いました。

 

そして「自分を認めることができると、そこから自分らしく、前に進む術を見つけていける」とどこかの本で読んだことがあります。


どんどん自分を認める実感を持ち、自分という「個性」を大切にし、そして、たくさんの人を尊重できる人になれるよう、日々、前向きに進んでいきたいなと思いました(^-^)

 

では、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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