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全緘黙症、家族と話せなくなったこと

こんにちは(^-^)

 

 わたしは物心ついたころから場面緘黙症でしたが小学校4、5年あたりから全緘黙症になり、高校生のころは家庭で話すことができませんでした。

 

本来、場面緘黙症は家庭では話をすることができ、親との関係性が原因ではありません。

 

しかし、わたしが全緘黙症、家庭で話ができなくなった原因は父親との関係性がうまく築けなかったことでした。

 

父親との関係性がつらかった

わたしの父は、自分にも他人にも厳しい目をもった人でした。

 

子供のころのわたしから見た父は、どことなく威圧的な雰囲気があり、安易に話しかけられない存在でした。

 

緘黙症のことに対して特に何か言われたということはありませんが、父からどう思われているかをとても気にしていました。

 

他人と挨拶も話もできないわたしに対して「ダメな子供」と思われているのではないかといつも思っていました。

 

普通の子供として人と関わることができず、父親に対する申し訳なさと父に認められたい気持ち、でもできない自分があり、自分の心を守るために反発心があったのでしょう。

 

わたしは全緘黙症になりました。

 

↓緘黙症時代の話を書いた記事です。↓

hanayuka-blog.com

 

 それから高校生になり学校では話せましたが家族とは話せない日々が続き、18歳でやっと家族と話ができるようになりました。

 

しかし「父親に認められている」という実感がないまま大人になり、大人になっても、どこか「父親に認められたい」という気持ちがありました。

 

自分の人生を生きていなかった
 

緘黙症克服後もわたしはずっと自分が分かりませんでした。

 

でもその理由が分かったときがきたのです。

 

わたしは自分の人生を生きず、人の人生を生きようとしていました。

 

何か選択をするとき「この人ならどうするだろう」「この人が期待する選択をしないといけない」と無意識に考えていたのです。

 

本当に自分がしたいことを心の奥にしまいこみ、人がしたいことを考えていました。

だからずっと自分が分からないと思っていたのです。

 

その思考の理由に父親の存在がありました。

 

大人になってから見た父の姿は、固定概念が強く、「こうでないといけない」という意識が強い人でした。

 

父に認められたいがために、父の期待する理想像というものが無意識にわたしの心に刻まれていました。

 

父が期待するわたしと現実のギャップに苦しみ、父に対する嫌悪感を抱き、人生においての辛いことは「父のせいだ」と思うこともありました。

 

そんなあるとき、わたしは前の記事にかいた自分を知るワークをしたことで、本当の自分を知ることができました。

 

自分を知ることで、他人に対する見方も変わったのです。

 

そこで、自分と親を切り離して考えることができました。

 

「自分はどんな人間で、親はどんな人間なのか。」

 

父のことを客観的に見ると、今まで見えなかったことが見えるようになりました

 

今まで親は完璧な存在だと思っているところがありました。

 

「親のいうことは正しいんだ」

 

でも親も一人の人間です。

 

完璧ではありません。

 

父は今までのさまざま経験から今の父があること。

自分の人生で理不尽なこと、つらいこともたくさんありながら、家族の大黒柱として自分の信念を貫いてきたこと。

父のことを知れば知るほど他人や自分に厳しくなる理由がわかってきました。

 

父を受け入れ許せるようになりました。

  

自分の人生を生きると人を受け入れることができる

 

人に認められたいという気持ちは誰にでもあります。

でもそれが過度に働いてしまうと自分を見失い、人の人生を生きてしまいます。

 

「自分の人生を生きていないと、人のせいにしてしまう。」ということに気がつきました。

 

人の人生を生きていると、否定的な感情が生まれ、否定的な感情はさらに誰かを否定してしまい、悪循環となっていきます。

 

人を否定する生き方はしたくありません。

 

そうして、わたしが自分を知り、自分の人生を生きることで、ありのままの父を知ることができるようになり、父に対する見方がいい方向に変化しました。

 

以前は父を否定し嫌悪感を抱いていましたが、今では父には感謝の気持ちでいっぱいです。

 

では、読んでいただきありがとうございました。

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